グラナート・テスタメント・シークエル
第11話「炎劇終幕〜蠅と百合と悪魔の王〜」




「……ふん、見事に何もかもが無に帰したものだな」
赤い毛皮のコートを羽織った二十歳前後の赤毛の女は、雪の降り注ぐ荒れ地を歩いていた。
「城だけではなく、雪原すら消し飛ぶとは……これが物質世界(オーラム・アッシャー)の支配者(ルーラー)の力か……もし、あやつのエナジー量が満杯だったのなら……この世界自体がこの雪原のように綺麗に消えていただろうな……」
それはそれで一興、至極愉快だったかもしれない。
やがて、赤毛の女……悪魔王エリカ・サタネルは目的地に辿り着いた。
「ふん……」
そこは爆発の中心地。
銀髪の少女が意識不明で倒れており、水色の半透明な剣が大地に突き立っていた。
「……出てきたらどうだ、如何様師(いかさまし)?」
エリカの声に答えるように、水色の半透明の剣トゥールフレイムの真横に水色の光輝が集まり出す。
集まった水色の光輝は、人の形を……コクマ・ラツィエルの姿を形成した。
「如何様師は酷いですね……せめて、ペテン師とか詐欺師とか呼んでください」
「同じだ、馬鹿者……何れにしろ貴様は賭博師としては失格だな」
「はははっ、私はあなたのようなギャンブラーにはなれませんよ。小心者でずので、常に保険は用意してあります」
コクマは、大地からトゥールフレイムを引き抜くと、水色の炎に戻し左手の甲の中に吸い込む。
「ただの如何様(いかさま)だろうが……無敵や不死身でする遊戯など何が面白い?」
「ゲームに命を賭ける程、私は熱い男ではありませんので……」
「ふん、つまらぬ男だ……貴様にとって遊戯は所詮仮想の現実か……?」
「バーチャル-リアリティーですか……ええ、確かにそんなところですかね。ここに居る私は、魂の一部から生み出された仮初めの存在……本体……生身は中央大陸で眠っているのですから……」
「ゆえに、何度倒されても無問題(モーマンタイ)か……如何様師が……」
「モー……銀朱の時の口調が変に残っていませんか?」
「余計なお世話だ……」
エリカは無意識に出てしまった言葉を指摘されて、不快げに顔を歪めた。
「まあ、分体を使っていたのはあなたも同じじゃないですか」
「私は貴様とは違う。本体には休息が必要だったし、何より本体ではいくら化けても、カーディナルに見破られてしまうからな……それではカーディナルをからかえなくてつまらぬだろう? ちなみに最高のタイミングで正体をバラし、今までの我への無礼に恐れ戦くあの子の姿も見たかったのだが……まさか、敗れてしまうとは……我が分身(娘)ながら情けない……」
そう言いながらも、エリカは楽しげに笑う。
当初の彼女の予定では、カーディナルがマルクトを倒してしまう直前で止めに入る予定だった。
カーディナルにマルクトを倒されてしまっては、マルクトとコクマの愛憎劇を見られなくなってしまうからである。
その際に、カーディナルに自分の正体をバラし、驚き、恐れる、娘の顔を見るのも一つの楽しみにしていたのだが……予想外のマルクトの勝利によってその楽しみは果たされることはなかった。
「そういえば、カーディナルさんは?」
不意に思い出したかのように、コクマが尋ねる。
「私の『中』に戻した……その方が回復が早いからな……」
「……と言うことは、今のあなたは『本体』ですか……?」
「ああ、そうだ」
「それはそれは、こんな辺境の世界にまで、悪魔王様御身自ら御苦労さまです」
コクマはわざとらしく丁寧に礼をした。
「ふん……」
慇懃無礼、この世で彼以上にこの言葉が似合う存在もいないだろう。
慇懃無礼とは、まさに彼のためにあるような言葉だった。
「予想外、予定外の結末でしたね」
ヨーヨーの弄ばれる音と共に、メアリーが姿を現す。
「おや、メアリーさん、あなたも御無事でしたか?」
「当然です。貴方の元同僚も含め、巻き添えで消えた者など一人もいません」
メアリーはヨーヨーで遊ぶのをやめると、いつものアルカイックスマイルを浮かべて答えた。
「それは何よりですね。まあ、同僚ではなく同志と呼んで欲しかったですが……」
「裏切り、見捨てておきながら同志ですか……」
「おやおや、私は別に誰を裏切ったつもりも、見捨てたつもりもありませんよ。私は私の思うままに行動しただけです。その結果、何が、誰がどうなろうと私の知ったことではありませんがね」
コクマはどこまでも意地悪げな笑みを浮かべる。
「……貴方が私の同志じゃなくて良かったです……偽りの『クリフォト2i』エーイーリー(愚鈍)・ベルゼブブ(蠅の王)様……」
メアリーは、侮蔑を込めて彼の仮初めの名を口にした。
「ベルゼブブ……バアル・ゼブブ……バアル・ゼブル(館の主)ですか……」
コクマは、ベルゼブブという名の悪魔の由来を口にする。
「別にこの称号と力……悪魔核など返上しても構いませんが……持っていただけで使いませんでしたし……」
コクマは懐から、黒水晶を取り出して見せた。
「返して欲しいですか、悪魔王様?」
コクマは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、エリカに尋ねる。
「ふん、それは貴様にくれてやったモノだ。好きにするがいい」
「エリ……悪魔王様!?」
エリカの発言に、メアリーが驚きの声を上げた。
「そうですか、ではせっかくですので貰っておきましょう。使い道はいくらでもありそうですし……バアル・ゼブル(館の主)という名が気に入りましたので……」
「……確かに、ゼブブ(蠅)は貴方に相応しい名でしょうね」
メアリーがいつもの微笑を浮かべたまま、ボソリと呟く。
「……貴様達……仲悪かったのだな……」
『いいえ、別に』
エリカの言葉に、コクマとメアリーは声をハモらせて答えた。
「ん……」
ハモらせてしまったことを不快そうに、メアリーが顔を横に背ける。
コクマは、クククッと楽しげに喉を鳴らしていた。
少なくとも、メアリーの方がコクマを嫌っているらしいことをエリカは確信する。
もっとも、なぜメアリーがコクマを嫌っているのか、普通なら簡単に解りそうな理由を、エリカは解っていなかった。
「まあいい……予想とは違うことも多かったが……だからこそ存分に過程を楽しませてもらった……よくぞ我をここまで楽しませた……大儀だったぞ、ラツィエル」
「お褒めいただき光栄ですよ、エリカさん」
「では、我らはこれで失礼しよう。そこで眠っている天使のお陰で後始末の手間が省けたことだしな……流石は略式とはいえ唯一絶対なる『神』の力だ……大天使三体分の力は確かにあったぞ……あ、今は大天使は下位階級だったな、旧階級の方の大天使、最高位天使のことだぞ」
「解っていますよ。ラツィエル(私)もあなたと同じ世代の天使ですし、七人の最高位天使に名を連ねたこともありますからね」
「フッ、そうだったな……あまりに遠い昔のことで忘れていたわ……ではな、最古にして唯一の我が友よ、いずれまた会おう……さらばだっ!」
背中に出現した炎の翼が激しく羽ばたく。
エリカの姿は無数の火の粉の嵐の中に消え去っていった
「行っちゃいましたね……一緒に行かなくて良かったんですか、メアリーさん?」
コクマは、まだこの場に残っていたメアリーに眼差しを向ける。
「……心配しなくてもすぐに消えますよ。ただその前に少しだけ……伝えておきたいことが……」
「おや、なんでしょうか?」
「……その天使(娘)のことです……」
メアリーは視線を、倒れたままの銀髪の天使に向ける。
「……その天使……あなたと心中することばかり考えていましたよ……本当に馬鹿……救いようがない愚者……それが唯一兄に殉ずること……貴方に惹かれた自分を罰することだと……」
コクマの部屋の前で擦れ違った時、メアリーには、マルクトの心が、考えが全て読み取れていた。
呆れるぐらいに純粋で不器用……そして、何よりも愚か。
こんなに穢れのない精神構造(心)は初めてだった。
「……この天使……危うい……自己正当化や自分に都合の良い解釈が無さ過ぎる……卑屈なわけでも自虐なわけでもないはずなのに……やけに自分を低く価値の無いモノに見るというか、自分に厳しすぎる……」
「…………」
コクマは黙って、メアリーの言葉を聞いている。
「危うい……危う過ぎるんですよ、この天使は……この意味解りますか?」
「……ええ、言いたいことは解りますよ」
「そう、だったらいい。後……」
メアリーは、いくつかのことをコクマに伝えた後、彼に背中を向けた。
「……大切にしてあげなさい……」
「ええ、私なりに注意しましょう。忠告感謝します、メアリーさん」
「……貴方のためではありません……では、もう二度と私の前に姿を現さないでくれると助かります……この薄汚い蠅野郎(ゼブブ)」
メアリーは侮蔑の言葉と共に、コクマの前から姿を掻き消す。
「心配しなくてもしばらくは会いませんよ、淫らな百合女(リリス)さん……」
コクマは、メアリーの消えた空間に向かって、そう言い返した。



「……ふう、何あれ? ティファの回収が後少し遅かったら……巻き込まれるところだったよ」
虚空に突然、巨大な水晶玉に乗った幼い少女が出現した。
ミーティア・ハイエンドである。
「……座標的にはここで城の中のはずだけど……何にもない……」
謎の黒光の浸食から、危機一髪で遠方に転移したミーティアは、しばらくの間の後、再び城のあるはずの場所に戻ってきたのだった。
「いったい誰よ、こんなとんでもないことしたの……」
正確に見極める余裕はなかったが、あれはただの爆発の閃光と違う。
衝撃で破壊、吹き飛ばすというより、浸食し滅却するといった感じの光(力)だった。
「物質分解?……違う、原子や分子だって残っていない……何もかも最初から『無かった』ことにされた?……そんな神様みたいな力があるわけ……『神』……?」
ミーティアは一瞬思い当たった考えを即座に否定する。
それはありえない、絶対にありえないことなのだ。
これと同じ現象を起こせると考えられる、唯一の技、唯一の力……ファントム十大天使全員の力を統合することで初めて使える『神』の一撃。
机上の空論、法則、原理としてだけ存在し、一度たりとも実際に使われることなく、数人の天使の欠落した今となっては試すことすら不可能になってしまった幻の技(力)だ。
「セフィロト(生命の樹)とは10個の球体(セフィラ)と22本の径(パス)からなる、宇宙と人体を表わしたカバラ思想。個人の霊性を高めるために利用する体系……つまり、人が『神』になるための『道』だ……」
「えっ?」
何の気配も発生させずに、ミーティアの背後に一人の少女が姿を現す。
地に付いてなお余りある白い波打つ長髪、妖しい真紅の瞳、白いサマードレスを着こなした十三〜十四歳ぐらいの少女……シャリト・ハ・シェオルだった。
「誰? なんでそんなお兄様かコクマしか知らないマニアックでマイナーな知識を知っているの……?」
カバラという思想、体系は遙か昔に廃れ、今では錬金術と古代魔術に微かにその名残を見せるぐらいである。
「受け取れ……」
「……とっ? ホド!?」
ミーティアは、シャリト・ハ・シェオルが投げつけてきたモノを受け止めた。
顔上半分だけを隠せる仮面……ホドの仮面……この仮面こそがホド・ニル・カーラという存在そのモノである。
「それはお前に『返して』おこう……私にはもう必要ないし……それ(ホド)もお前と共にある方が幸せなことだろう……」
それだけ告げると、もう用は済んだとばかりに、シャリト・ハ・シェオルはミーティアに背中を向けた。
「待って! あ……あなた……もしかして……」
ミーティアは手を伸ばして、シャリト・ハ・シェオルを呼び止める。
「…………」
「あっ……」
だが、シャリト・ハ・シェオルは何も答えずに、ミーティアの前から姿を消し去った。




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